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大阪地方裁判所 昭和34年(ワ)3792号 判決

原告(反訴被告)

社領市松訴訟承継人

社領こゆき

外一名

原告(反訴被告)

両名訴訟代理人

東中光雄

外一名

被告

中川喜兵衛

外一名

被告両名訴訟代理人

黒田常助

外一名

被告

米谷庄蔵

引受参加人(反訴原告)

門林栄治郎訴訟承継人

門林ノブエ

外五名

被告米谷庄蔵及び引受参加人

(反訴原告)六名訴訟代理人

山田一元

主文

一  原告(反訴被告)らの本訴請求を棄却する。

二  引受参加人(反訴原告)らの反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用中、本訴について生じた分は原告(反訴被告)らの、反訴について生じた分は引受参加人(反訴原告)らの、各負担とする。

事実《省略》

理由

一本訴についての判断

(一)  当事者間に争いのない事実

被告中川喜兵衛が本件建物を、同中川武喜が本件土地をそれぞれ所有していたこと、同被告らは、昭和二四年一一月二七日、訴外社領市松に本件土地及び本件建物を代金四〇万円で売り渡したこと、同被告らは、昭和二五年五月一日、被告米谷庄蔵に本件土地及び本件建物を売り渡し、同年九月二八日その旨の所有権移転登記手続をすませたこと、以上のことは当事者間に争いがない。

(二)  そうすると、被告中川喜兵衛、中川武喜は、本件土地及び本件建物を社領市松と被告米谷庄蔵に二重譲渡したことになるから、先に登記を得た被告米谷庄蔵に本件土地及び本件建物の所有権が適法に移転し、社領市松は、被告中川らから買い受けたことを被告米谷庄蔵に主張できないとしなければならない。

(三)  そこで、被告中川らと社領市松との間の売買契約が解除されたかどうかの判断はしばらくおき、被告中川らと被告米谷庄蔵との間の売買契約に、原告ら主張の無効原因があるかどうかについて判断する。

(1)  仮装譲渡の抗弁について

〈証拠〉中には、これにそう供述部分があるが、後記認定事実と対比して直ちに採用できないし、ほかに、抗弁事実を認めることのできる確証はない。

却つて、〈証拠〉を総合すると、被告中川喜兵衛、同中川武喜は、その代理人訴外中川タマを介して、昭和二五年八月二八日、被告米谷庄蔵に対し、本件土地及び本件建物を代金三〇万円で売却し、うち金二五万円の支払いを受け、残額金五万円は、被告米谷庄蔵が社領市松の立退費用に充てることにしたことが認められる。

そうすると、被告中川喜兵衛、同中川武喜と被告米谷庄蔵との売買は、仮装のものではなく、真実売買されその代金も支払いずみであるとするほかないから、原告らのこの抗弁は採用できない。

(2)  要素の錯誤の抗弁について

〈証拠〉があるが、これらは、前記認定事実と対比して採用できないし、ほかにこの抗弁事実が認められる証拠はない。

なお、意思表示の要素の錯誤については、表意者自身において、その意思表示の瑕疵を認めず、錯誤を理由として意思表示の無効を主張する意思がないときには、原則として、第三者が右意思表示の無効を主張することは許されないものと解するのが相当である(最判昭和四五年三月二六日民集二四巻一五一頁参照)から、この点からしても、この抗弁は失当である。すなわち、被告中川らは、被告米谷庄蔵に対する売買があくまで有効であり、この売買に要素の錯誤があるとしてその無効を主張する意思のないことは本件訴訟の経過によつて明らかである。従つて、原告らとしては、二重売買をした被告中川らに対し債務不履行による責任を問うしかないのである。

(3)  強迫の抗弁について

本件に顕われた証拠を仔細に検討しても、抗弁事実が認められる的確な証拠はない。

なお、原告らが、債権者代位によつて、被告中川らの被告米谷庄蔵に対する強迫による取消権を代位行使することは、次の理由で許されないと解するのが相当である。

強迫による意思表示の取消しによつて保護を受けるものは、表意者でなければならない。ところが、本件で登記のない第一の買主が強迫による取消権を代位行使すると、表意者の意思を無視して登記のある第二の売買が無効になり、第一の売買の買主が保護される結果を招来する。もともと二重売買では、売主は、登記をしない方の売買の買主に対しては債務不履行責任を負えば足りるのであるから、売主が、登記のある売買の買主に対し強迫による取消権を行使するかどうかは、売主の自由である筈であり、登記のない売買の買主が取消権の代位行使の名目であれ、この売主の自由を干渉することは許されない筋合である。つまり、登記のなし買主は、債権者代位権を行使しようにも、保全すべき自己の債権すなわち第一の売買にもとづく登記請求権がないことに帰着する。従つて、原告らのこの抗弁も排斥する。

(4)  信義則違反について

被告米谷庄蔵が社領市松と被告中川らの売買について所有権移転登記がないのを奇貨とし、社領市松を害する意思で敢えて被告中川らと売買契約を締結したことが認められる確証はない。従つて、この抗弁も排斥する。

(四)  以上の次第で、被告中川喜兵衛、同中川武喜は、社領市松と被告米谷庄蔵とに本件土地及び本件建物を二重売買し、被告米谷庄蔵が先に対抗要件である所有権移転登記手続を経た以上、社領市松は、自己の買受人の地位を被告米谷庄蔵に適法に主張できない法律関係にあり、被告中川らと被告米谷庄蔵との売買には、原告ら主張の無効原因はないのである。

そうすると、その余の判断をするまでもなく、原告らの、社領市松が本件土地及び本件建物の買主であることを前提にした本訴請求は失当として棄却を免れない。

二反訴についての判断〈略〉

三むすび

原告らの本訴請求、引受参加人らの反訴請求は、いずれも失当であるから棄却し、民訴法八九条、九三条に従い主文のとおり判決する。

(古崎慶長 下村浩蔵 春日通良)

目録〈省略〉

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